久保原隧道
トンネル名称 | 久保原(くぼはら)隧道 | |
路線名 | 旧岐阜県道久保原阿木線 | |
所在地 | 岐阜県恵那市山岡町久保原 | |
延長(m) | 51.6m | |
道路幅員(m) | ||
車道幅員(m) | 4.5m | |
歩道等(m) | ||
有効高(m) | 4.6m | |
竣工年度 | 1921年(大正10年) | |
壁面 | 覆工 セメント系 内装なし | |
路面 | セメント系 | |
照明 | なし | |
通行制限 | 高さ制限2.4m | |
その他 | 廃止トンネル | |
データは特記なき場合「日本全国隧道リスト」より | ||
調査日 | 2006年7月28日、2013年5月6日 |
岐阜県恵那市にある廃止トンネル「久保原隧道」です。 このトンネルは廃止済みではありますが建設年が大正10年と古く、岐阜県下で現存している近代トンネル(単なる素掘りトンネルではないもの)では最古級のトンネルです。また、石積みによる坑門を持ち、この点も岐阜県のトンネルとしては珍しい存在です。 |
岐阜県恵那市を走る岐阜県道406号久保原阿木線の写真です。県道は坂で小高い丘のような場所を通過していますが、自動車で通過する分には何ということのない坂道です。その坂道の途中、写真右側のガードレールが途切れている場所に脇に入る道があります。 | |
脇道は県道の旧道です。入り口には手製の簡単な柵が置いてい有り、その先の路面は落ち葉や土などが積もり旧道は既に廃道となっているのが伺えます。 | |
旧道に入って数十メートルほど進むとトンネルが見えてきます、これが「久保原隧道」です。 | |
「久保原隧道」西側の坑門です。資料によると大正10年建設と岐阜県下屈指の古さのトンネルです。坑門は石積みによるもので岐阜県の(道路)トンネルでは他に見た記憶がありません。 | |
西側の扁額です。小ぶりなサイズで右から文字が書かれています。 | |
このトンネル石の積み方が変わっています。一般に石積みトンネルの坑門は一定サイズに切り出した石を規則正しく積み上げてあるのですが、このトンネルの場合石の大きさも向きもまちまちでトンネル横の石垣と同じような積み方をしています。 | |
坑口脇には「岩村町」の標識が残っています。このトンネルのある場所はかつて山岡町と岩村町との境目だったのですが、現在では両町とも恵那市と合併して同じ市内となっています。 | |
坑口の周りは補強の為かコンクリートが吹き付けられており外観を損ねています。 | |
トンネル廃止後民間に払い下げられたようで、内部は木で塞がれています。 トンネル内部の見えている部分はコンクリートの吹き付けになっています。 |
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コンクリートが劣化して一部剥がれてきています。そのコンクリートが剥がれた下からは石組みが見えています。ひょっとしてこのトンネル元は総石組みのトンネルだったんでしょうか?だとするとかなり貴重なトンネルだと思うのですが… | |
東側から見た旧道との分岐点です。自動車の止まっている所で旧道が分岐しています。 | |
こちら側の旧道は回りに田畑があるので今でも現役で使用されています。 | |
田畑が途切れる所を境に旧道は廃道に変わります。 | |
こちら側は藪がひどいです。 | |
トンネル手前には「山岡町」と、高さ制限2.4mの標識が取り残されていて薮に飲み込まれようとしていました。 | |
「久保原隧道」東側の坑門です。 | |
東側の坑門は西側より広範囲にコンクリートが吹き付けられています。 | |
東側の扁額です。トンネル名ではなく「飯羽間」とトンネル東側の地名が書かれています。 | |
こちら側も石垣のような積み方で坑門ができています。 | |
こちら側も木で塞がれていて中には入れません。トンネル入り口部分はやはりコンクリート吹きつけですが、薄っすらと石組みの下地があるような凹凸が見えます。 |
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数年前に来た時の写真です。夏だったのでトンネルまでの旧道は激しい薮になっていました。 |
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草木でよく見えませんが内部が閉鎖される前の「久保原隧道」です。 |
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入り口にバイクが止まっていますがナンバーは無く廃車体のようです。(このバイクは今でもトンネル内にいますね) |
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西側の扁額です。 |
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閉鎖される前の「久保原隧道」の内部です。 手前のバイクはヤマハのSRXという車種で80年代後半くらいのものでしょうか。SRXとその奥の赤い自転車は共に2013年の訪問時もトンネル内に保管されていました。 それはともかく、訪問時はまったく気にしていなかったのですが、改めて写真を見るとトンネル中央付近の壁は石積みのように見えます。 |
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トンネルの東側です。 |
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東側の坑門です。現在と特に変化は見られません。 |
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東側の扁額です。 |
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東側より見たトンネル内部です。 やはりトンネル内部の裾部は石積みのようです。天井は後年の改修によるものでしょうかコンクリートで覆工されています。竣工時はどのような姿だった非常に気になるトンネルです。 |
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上の写真をとった場所から後ろ(東側)を振り返って撮った写真です。 |
初稿:2013年5月12日